| 下通商店街の概要 |
熊本城を背景に市庁舎を始め、諸官公庁等の中高層ビルゾーンに連接し、
また両側に大型店及びバスターミナル或いは南北に上通商店街(全長約600m)新市街商店街(230m)の中央に位置する等、地理的条件にも恵まれている関係もあり、熊本の顔、あるいは核的中心専門街としての商業集積は群を抜いています。
会員数約175店舗を有し、その65%が、ファッション、身廻品、文化用品などの専門店です。
平日50,000人、日曜日65,000人の来街者を有し、九州でも上位の賑わいを呈しています。
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| 下通アーケードの特徴 |
●高さ地上10m、道路幅員15m、長さ511mの高層アーケードで、
開閉は水平式であり、天井部分幅7mが電動スイッチにより約3分で一斉に開閉できます。
●屋根は樹脂ガラスを使用し、自然の採光を十分取り入れ、色はオフホワイトとしました。
●舗道は新天街(扇波状)、3番街・4番街(四方形)磁器タイルを、2番街は自然石(四方形)を
使用しました。
●非常警報・防犯制御装置をアーケード上に35kgの重圧を与えると投光器AG・モーターサイレンが
一斉に作動する設備を取り付け、アーケード内装飾設備の電源操作ができる設備を設けました。
高層アーケード完成によりビル3Fの店舗としての活用と、商業空間の提供により、「ファッションストリート下通」あるいは、「コミュニケーションの場」として快適感を満足させる街となりました。 |
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| 進化する下通り いま・むかし |
色々な商店が集まり、商店街として産声を上げたばかりの下通は、通りの中心を自動車が走る歩道両側だけのアーケードでした。
やがて、通りそのものが大きな百貨店になったような全天候型の全蓋アーケードが建設され、より快適なショッピングができるようになりました。
さらに近代設備と優れたデザインの高層アーケードへのリニューアルで、ショッピングだけではない、遊びや憩いの場を合わせもつ、”新しい空間”として生まれ変わりました。
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| 新天街より下通全景 |
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平成4年10月
現在の開閉式高層アーケード |
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昭和42年8月頃
全蓋アーケード前の、歩道両側3mの
アーケードの様子がよく分かります。
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| 下通 新天街入口 |
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平成4年10月 アーケード入口の壁面サインも一新。 なにより、スケールが大きくなりました。 |
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昭和27年8月頃
歩行者天国以前の様子。当時はまだ
車道でした。
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| 下通2番街 |
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平成4年10月
舗道にも気を使った、自然石と磁器タイルで仕上げてあります。
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昭和42年3月頃 当時はまだ道路幅員9mでした。
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| 下通り3・4番街 |
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平成4年10月
現在は歩行者、車の通行量が全く違います。
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昭和42年8月頃 当時の歩道は片側3mのアーケード、
車道は2車線9mの一方通行でした。
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| 下通商店街 沿革 |
下通り商店街は、新市街・上通商店街の中央に位置し、熊本を代表する中心商店街ですが、
第2次世界大戦の空襲により全商店街が焼失し、又、昭和28年の未曾有の大水害による被害を受けました。
それを機に行政区画整理によって、道路幅員9mを15mに拡張して、歩道両側各3mに片側アーケードを建設し、商業基盤を確立しました。
昭和22年 下通り繁栄会(任意)を設立。
昭和44年1月〜11月 新天街・2番(任意)各振興組合、昭和45年9月〜46年1月3番街・4番街(任意)各振興組合が全蓋アーケード(511m)を建設。歩行者天国となりました。
昭和53年5月 新天街・2番街・3番街・4番街各振興組合を設立。
昭和62年7月(新天街)、平成2年8月(2番街〜4番街)の二期に分け、全蓋アーケード及び歩道の前面建替工事を完成。
規模、構造、各実共に他都市に類を見ない近代設備を完備した高層アーケード街にリフレッシュしました。
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